介護施設職員の職場定着マインドの葛藤をミエル化

介護施設職員アンケートの分析によって、施設系の職種では、特養介護員のストレスが最も大きく、仕事を通しての成長期待と厳しい労働環境が特養介護員の職場定着意向に対して綱引きをする関係にあり、職場人間関係が綱引きの勝敗を左右するポジションにあることが判明しました。職員の心理的な葛藤をミエル化できたことで、この分析手法を活用すれば、より効果的な離職防止対策につながることが期待できます(「介護職場診断サービス」による分析より)。

【背景】

介護職員の新規採用難が深刻化する中、既存職員の定着・育成の重要性が益々高まっています。

【従来との違い】

従来は、離職理由やいわゆる3Kイメージなど、主に不満要因からのアプローチが主流でしたが、職員の職場定着意向と相関の高い要素を明らかにすることで、少なからず逡巡がつきもののマインドをミエル化でき、離職防止対策の選択肢をプラスサイドの要因などにも広げることができました。

【職員アンケート実施概要】
  • 対象:都内の複数の介護施設(特養・デイサービス併設)の全職員(回収数207、回収率65%)
  • 調査期間:2016年5月~12月
  • 調査内容:職員のモチベーションや経営方針などについて5段階選択式の40問(ポジティブな回答ほど高得点になるよう、各選択肢に1点~5点を割り当てて集計)
【注目すべき結果】

図1は、設問「私はこの事業所で長く働きたい」(以下「職場定着意向」と略書)のスコアと、全40問の平均スコアを職種別にプロットしたものです。「職場定着意向」のスコア、40問平均スコアともに、特養の介護員のスコアが最も低く、施設系の職種の中では、特養部門の介護員のストレスが最も大きいことがわかります。

 職種別アンケート平均スコアと職場定着意向スコアの関係

そこで、特養の介護員の「職場定着意向」に影響する要因について分析しました。

図2は、縦軸に職員の「職場定着意向」と、他の設問との相関係数、横軸に各設問のスコアをとって、相関係数の有意水準が5%をクリアした設問のデータをプロットしたものです。

特養介護員の職場定着意向に関する構造マトリックス

相関係数のベスト3の設問は以下の通りです(カッコ内の数値が相関係数)。

  1. 「私は今の仕事を通して成長できると思う」(0.619)→以下「成長機会」と略書
  2. 「当事業所には職員が働きやすい制度や慣習等がある」(0.579)→以下「働きやすさ」と略書
  3. 「私の部署の人間関係は良好だ」(0.516)→以下「職場人間関係」と略書

「職場定着意向」との相関係数が高いベスト3を図示すると図3のようなイメージになります。

職場定着マインドの構造イメージ
つまり、スコアの低い「働きやすさ」(ハーズバーグの衛生要因)とスコアの高い「成長機会」(ハーズバーグの動機づけ要因)が綱引きをしていて、「職場人間関係」がどちらに味方するかによって、定着か離職かにマインドが大きく振れるという構造です。
介護労働実態調査では、介護の仕事をやめた理由として、「職場の人間関係に問題があったため」がトップですが、図3のような構造とも矛盾しません。一般に、介護の仕事を通しての成長機会や厳しい労働環境は概ね業界共通の特徴ですが、職場人間関係は施設ごとに違いが出やすいことから、施設ごとの離職率の差の主な原因のひとつになっていると考えられます。

職員の定着率を向上するには、相関係数が高いこれら3つ(成長機会、働きやすさ、職場人間関係)の評価を上げる対策が有効です。一般に、相関係数が高く、スコアが低い「働きやすさ」が優先課題であると判断するのが妥当です。しかし、ハーズバーグの理論によれば、労働条件や人間関係は衛生要因であり、不満を解消したとしても積極的な満足にはつながりにくいのに対して、「成長機会」は動機づけ要因であり、仕事の満足度に直結しますので、スコアが相対的に高いからといって対策を取らなくてよいということには必ずしもなりません。「仕事を通して成長できそうという」イメージは介護職の特徴であり、この点において施設独自の対策が無い場合は、他の施設でも良いということになるからです。

尚、介護職における成長とは、一般ビジネスのような昇進・昇格や専門性の向上だけでなく、人生終盤の困難な生き様と向き合うという経験を通しての人間的成長の側面も大きいと考えられます。例えば人生観や人間理解などの側面を豊かにするほか、感情コントロールやストレスマネジメントの訓練の場にもなりますので、目標となるような人間的に立派な職員の存在の有無も大きなファクターになりえます。

また、「賃金」(私の賃金水準は役割に対して妥当である)は、スコアが低く職員の不満は大きいものの、「定着意向」との相関係数は0.242と低い結果となりました。これは、賃金の低さは業界全体の課題であって、施設独自の課題ではないことを認識している結果と考えられます。だからこそ、賃金面において他の施設との差別化を図るという戦略も選択肢になりえます。

そのほか、相関係数は平均より高いもののスコアは低い「利用者の表情」(ここ数か月、全体として利用者様の笑顔が多くなったと感じる)は、例えば自立支援介護等の成果が出ればスコアが上がり、達成感から定着意向との相関も強まると考えられる項目です。

介護職員の定着対策を考えるにあたり、従来は離職理由や3Kイメージなどの不満要因からのアプローチが主流でしたが、離職は人生の中でも非常に大きな決断のひとつであり、意思決定までに様々な葛藤がつきものです。今回の相関分析よって、その構造の一端をミエル化するとともに、各要因が業界の課題なのか、施設の課題なのかなどの視点を加えて検討することによって、職員の定着対策立案における新しい視点を得ることができました。

このように、相関係数とスコアからなる構造マトリックスをもとに、施設ごとに重要と思われるスコアの要因を考えることによって、因果関係や要因が見えやすくなり、効果的な対策立案に役立ちます。また、これらのデータを材料に、職員を巻き込んで戦略を考える機会を設けると、職場活性化の一助にもなると考えられます。

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